Aoyama Rugby Football Club

AARC70周年記念企画3 塩崎選手×水原アナ対談

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■青山高校現役女子ラグビー部員 塩崎優衣選手インタビュー

「私自身の大きな目標は、2020年の東京オリンピックです!」

 

青山高校ラグビー部に史上初めて選手として入部したのが塩崎優衣さん。

現在、U18のスコッドにも選ばれて、学校のラグビー部と、女子のトレーニング・スコッドの間を往復する忙しい日々を送っている。

そんな塩崎さんから「本音」を聞き出すために、テレビ東京アナウンサーで、ご自身も世田谷レディースで女子ラグビーのプレー経験がある水原恵里さんをお招きして、ラグビーを巡る「女子会トーク」を思う存分に語り合ってもらった!

 

■出席者

塩崎優衣 現役(3年生)

水原恵理 テレビ東京アナウンサー(世田谷レディース)

 

司会・構成 永田洋光(スポーツライター)

 

 

■ラグビーボールが子どもの頃のオモチャだった!

―― 塩崎さんがラグビーを始めたきっかけを教えてください。

 

塩崎 父が高校からラグビーをやっていて、私には弟がいますが、弟にラグビーをやらせたがっていました。それで私が小学校2年のときに、当時は岡山県に住んでいたのですが、岡山のラグビースクールに連れて行ってもらい、そこで体験しました。

まだ小学生になったばかりですから、ボールを使った鬼ごっこのような遊びが中心のメニューでしたが、それが私には楽しくて、気がついたら今に至る――という感じです(笑)。

水原 子どもの頃からやっていたんだ。

 

塩崎 そうですね。小2の春からです。

 

水原 私がラグビーをちゃんと始めたのは大学2年生のときですが、父が成城大学ラグビー部の監督をやっていたので、子どもの頃から家にラグビーボールか転がっていて、オモチャみたいな感覚で遊んでいました。公園に連れて行かれて、ラグビーボールでサッカーみたいなドリブルをしてごらんと言われたりしていました。私にすれば「お父さん、このボール変なところに転がるよ」みたいな感じでしたが(笑)。

 

―― 塩崎さんが最初にボールにさわったときはどんな感じでしたか。

 

塩崎 まったく覚えていないですが、たぶんもっと小さい頃から家にラグビーボールがあったので、私もオモチャみたいな感覚だったと思います。

 

■学校説明会で前代未聞だけど受け入れると言われたので青山高校を受験

―― 青山高校でラグビー部に入ろうと思ったのはどうしてですか。

 

塩崎 私は中学校でもラグビー部に入っていたのですが(中野区立北中野中学校)、そのときも女子は私一人でした。小学生のときも、ラグビースクールには後輩の女子が何人かいましたが、私の代は、やはり女子は私一人でした。ですから、高校受験のときも、ラグビー部が女子を受け入れてくれるかどうかを確認してから、志望校を決めました。

 

水原 ラグビーありき、だ。

 

塩崎 はい。夏休みの学校説明会のときに先生方とお話しして、「前代未聞だけど、受け入れる」と言って下さったので、青山を受験しました。練習を見学したときも、雰囲気が良かったですし。だから「青山に入ろう」と思いました。今、高校で女子部員が私一人でも、そういう環境は苦になりません。むしろ、先輩たちの方がビックリしたと思いますよ(笑)。

 

水原 ラグビー部に入ったら普通に馴染んだ感じ?

 

塩崎 はい。

 

水原 たぶん、高校1年生ぐらいまでなら、女子でもそこそこ対等にできると思いますね。

 

塩崎 青山高校は、新入部員のほとんどが未経験者なので、最初の頃、1年生だけ別メニューで練習しているときは、いっしょに練習できました。体づくりを始める前ですね。

 

水原 うん、ボール扱いも塩崎さんの方が上手いでしょうね。

 

塩崎 タッチフットは楽しかったですね。

 

―― 塩崎さんは、NO8やSOなどいろいろなポジションで試合に出ていますが、一番得意なポジションはどこですか。

 

塩崎 15人制ではNO8が一番やりやすいです。自分でゲームを作る方が楽しいのでSOも好きです。あとは突破役で使われることが多いですね。だから、SOのときはそれほど自分で前に行かないですけど、NO8のときはとことん行きます。女子の試合でしたら、ちゃんとゲインできますから。

 

水原 私はWTBかFBだったんですよ。

 

塩崎 あ、そこはあまりやらないポジションです。

 

水原 タイプが違う(笑)。塩崎さんは人を使うタイプで、私は使われるタイプ。しかも、私は同じチームのCTBが二人とも日本代表だったから、守られていた。ボールが回ってこないというデメリットもあったけど(笑)。

 

―― 水原さんは世田谷レディースに所属していたんですよね。

 

水原 そうです。ずっと世田谷レディースでした。

 

―― 塩崎さんも、そういうクラブチームにも所属していますか。

 

塩崎 神奈川プリンセスというチームで選手登録をしています。今はフェニックスというチームの練習にも参加していますので、そちらに登録を移すかもしれません。

 

―― 高校に入るときに、ラグビーはクラブチームでやるとは考えなかったんですか。

 

塩崎 男子といっしょに練習した方が伸びると思っていましたから、それは考えませんでした。それに、クラブチームは平日は練習が夜の場合が多いし、メインの活動が土日になるところが多いのですが、高校のラグビー部に入れば毎日ボールにさわれますから。

 

―― なるほど、毎日ボールにさわっていたい?

 

塩崎 はい。できるならば。

 

■塩崎選手の憧れの選手と水原さんの関係

―― 塩崎さんはU18関東選抜のメンバーでU18香港代表とも試合をしていますが、今までにやった試合のなかで会心のゲームはありますか。

 

塩崎 昨年9月にやった7人制の試合で、自分ではそんなに動けているとは思わなかったのですが、MVPをもらいました。関東地区の女子が集まった大会でしたが。

 

水原 有望だね。2020年の東京オリンピックに向けて頑張って。

 

―― 7人制ラグビーがオリンピック競技に採用されたことは励みになりますか。

 

塩崎 はい。自分自身の大きな目標は2020年なので、そこに向けて頑張っています。

実は、私は自分の長所がよくわからなくて……。そんなに足が速い方ではないし、体力がある方でもないので、そういう部分をもう少し伸ばせれば、と今は考えています。スキルよりも、まず走力をつけることで、認めてもらえるのかな、と思っていますが、その辺りが悩みです。

 

水原 憧れの選手はいる?

 

塩崎 今の日本代表選手の横尾千里(世田谷レディース→ANA)さんです。私が中学生の頃からグラウンドでお会いしましたし、自分のなかでは偉大な方です。

 

水原 横尾千里ちゃんは、涙が出るようなすごいタックルをするよね。

私は、2001年に秩父宮ラグビー場で行われたジャパンセブンズに出場したのですが、そのときまだ小さかった千里ちゃんにサインを書いてあげたんです。で、その何年か後に千里ちゃんに会ったときに「私、水原さんにサインをもらったんですよ」と言われて、驚いた経験があります。その千里ちゃんに憧れる選手がもう出てきたというのが……なんというか、そういう歳かあ……という感じですね(笑)。

私は社会人になってもラグビーを続けていて、一度練習で思いっきり顔をすりむいたことがありました。次の日にテレビの収録があって、ケガした側を映さないようお願いして乗り切ったのですが、上司からラグビー禁止令を出されました。でも、試合には出ませんでしたが、コンタクトなしの練習には参加していました。2003年に、オーストラリアでラグビーワールドカップが開催されたときに、テレビ東京が中継することになって、私も現地キャスターになったのですが、そこでまた「ラグビーを始めていいよ」という許可が会社から下りました。だから、ジャパンセブンズに出場できたんです。

 

―― では、2001年のジャパンセブンズが、復帰戦みたいな感じですか?

 

水原 そうですね。ワールドカップの現地キャスターになることが内定して、ラグビーをやっていいという許可が出ました。上司からは、「全国大会まで行ったら、キミの試合を企画にしてあげる」と言われました。

ジャパンセブンズのときは、自分が昼に試合をして、また顔をすりむいて、夜はそれをメイクで隠してスポーツニュースで自分の試合の原稿を読んで伝えるという、不思議な経験をしました。

 

塩崎 すごいですね!

 

水原 夢が二つ一気にかなったような一日で、気持ち良かったですよ。秩父宮ラグビー場で試合できること自体が嬉しかったし、試合のあとで新聞記者に囲まれて取材を受けている自分は何なんだろうという気持ちにもなりました。

 

■女子ラグビーは「キャラが濃い」のが特徴!

―― もう一つ付け加えると、その日、水原さんは試合が終わったあとで、秩父宮の隣のヴェローチェで、チームメイトといっしょに生ビールを飲んでいました(笑)。

 

水原 私、飲んでました(笑)?

 

―― 飲んでました。強烈に覚えています。

 

水原 まあ、ラガーウーマンですからね(笑)。

でも、女子ラグビーは豪快な女の子が多いですよね。男性のラグビー選手よりも、むしろ女性の方が豪快かもしれません。

 

塩崎 それはあると思います。

 

水原 たぶん、都立青山高校の男子部員よりも、塩崎さんが接している女子ラグビーの選手たちの方が、キャラは濃いでしょ。

 

塩崎 確かに濃いですね。

 

水原 高校のラグビー部は青春の1ページという感じですが、女子ラグビーは、みんなが日本代表を視野に入れている分、濃度が違うんですよ。それから、数少ない女子ラグビーの一員だという、責任感というか誇りを持っている。

 

塩崎 女子では、試合だけではなくて、今は練習会というのもあります。私も毎回、行くのが楽しみです。みんなに会えるという喜びもありますし、そのメンバーで練習できるのが本当に楽しいです。コンタクト練習にしても、心の底からやっていて楽しいです。

 

水原 部活とは違うよね。ここで集中して、すべてを吸収して帰らなければ、みたいな気持ちになりますから。自分の学校のチームのなかで改善点を見つけて練習するのも、それはそれで部活の青春という感じですが、女子はメンタル的にプロに近い感じ。学生の部活とは違って、自分自身が代表を目指す一人であるわけですから。プロスポーツ選手に近い部分があると思う。

 

塩崎 ……私はあまりメンタルが強くないのですが……。

 

水原 でも、中学でも高校でも男子に混ざってラグビーをやっているんだから、メンタルは強いと思うよ。

 

塩崎 ケガしたときは「このまま続けていいのか」とか、けっこう考え込みましたし……。周りからは「思い込みが激し過ぎる」と言われますが、一度そういうことを考え始めると、止まらなくなるところがあります。

 

―― そういうときは誰に相談するのですか。

 

塩崎 クラスの友だちとか、ラグビー部の女子マネジャーです。マネジャーは、本当に心の支えです。心おきなく話ができるので。

 

水原 青山高校が花園に出るために、チームのなかでどんな役割を果たせばいいと思う?

 

塩崎 たとえばランのメニューだったら、置いて行かれないようにしたいというのはあります。コンタクト練習でも、なるべくみんなに混ざってやりたいとは思います。

 

水原 塩崎さんが必死になって男子について行ったら、男子も頑張らないわけにはいかなくなるね。「負けちゃいけない」って、お尻に火をつけてあげればいいよ(笑)。

 

塩崎 確かに男子が花園でプレーするのは見てみたいです。

ただ、私立の強豪校に比べると、全員がそうではありませんが、まだラグビーに対する理解が浅いところは感じます。強豪校は中学生の頃からラグビーをやってきた選手が多いのですが、青山は高校に入ってからラグビーを始める選手がほとんどですから、経験という部分を、意識を変えて補う必要があるように思います。ミーティングでも、みんなで「勝つために変わろう!」と話すのですが、「変わろう」と言う人はいつも同じ印象はあります。もう少し全員で変わることができれば、それがチームの底上げにつながるのに、と思います。

 

■2020年までラグビー中心で突っ走れ!

―― 男子といっしょに練習をやっていて、「やっぱり男子といっしょで良かったな」と思うときはありますか。

 

塩崎 実際に練習している間は本当に辛いです。先生の口から「ランパス」という言葉が出たときには、「来た!」と思います(笑)。ただ、やはり女子だけで練習するよりも、実際に力はつくと思います。

 

水原 筋トレもやっている?

 

塩崎 一応やっています。ただ、青山高校のウェイトルームは、ベンチプレスとスクワットとデッドリフトの3種類しかないので、それをやれるときにやっている感じです。入学当初よりはパワーもついたとは思いますが。

 

水原 私たちはクラブチームだったので、みんなでウェイトをやるのは合宿に行ったときぐらいでした。でも、ジャパンに選ばれている選手たちは、毎日のようにやっていましたね。

 

―― 高校を卒業してからの進路についてはどういうことを考えていますか。

 

塩崎 今年の12月に花園ラグビー場でU18花園女子セブンズがあるので(注・塩崎選手は2014年度も東軍ハイパフォーマンス部門に選ばれて出場)、それまでに進路を決めておきたいです。勉強から解放されて、ラグビーだけに集中して集大成に臨みたい気持ちがありますから。

 

水原 やっぱり思考の中心はラグビーなんだね。

 

塩崎 どうしてもそうなりますね。

 

水原 じゃあ、2020年までは、ラグビー中心で突っ走るでしょ?

 

塩崎 そうですね。ただ、周りの友だちには、大学を卒業してからこういうことをしたい、というような目標がありますが、私にはまったくそういうところがなくて、とりあえずラグビーをやりたいという思いしかありません。将来の就職先を考えるのは、大学に入ってからでも大丈夫ですか? 大学に入れば、やりたいことが見つかるのではないかと、今は漠然と考えているのですが。

 

水原 だって、やりたいことはラグビーでしょ?

 

塩崎 そうですけど……。

 

水原 たぶん、ラグビーを一所懸命やった先に就職先があるんじゃないかな。無理矢理探さなくても。何かに打ち込んでいれば、きっと道は開けて、やりたいことも自然に見つかると思う。

私自身は、プレーヤーとしては社会人になっても第一線でできるレベルではないことが大学4年生のときに見えたけど、でも、スポーツを仕事にしたいとは思っていました。だからスポーツの現場に一番近い仕事は何か考えて就職活動をして、スポーツメーカーとマスコミを受けました。結果として、香港セブンズやワールドカップを現地で取材して伝える立場になりましたが、やりたいことを探さなければと焦るようなことはなかった。むしろ、就職活動をしながら自分は何をやりたいのか、本を調べたりネットで検索している友だちを見て、大変そう……と思っていたぐらいです。だから、塩崎さん、一本筋を通して生きていたら、大丈夫、道は開けるはず!

実際、TBSを受けたときも、一次面接では「スクール・ウォーズが好きです」という話しかしませんでしたし、ラグビーの話ばかりして社会人になった記憶しかありません。大阪のABC放送を受けたときは実況放送のテストがあって、「この画像を見ながら実況中継をしなさい」という課題を与えられましたが、それが神戸製鋼の試合でした。おかげで、アナウンサー志望の人たちのなかで、一人カンペキに実況中継ができました(笑)。

好きなことを、一本筋を通してやっていると、夢がこちらに近づいてくる感じでしたね。

 

塩崎 確かに、私もずっとラグビーに関わっていきたいと思っています。

 

水原 ラグビーに限らず、スポーツでも何でも何かを一所懸命やっていれば、要所要所で深い人脈やいい仲間に巡り会える。誰かが助けてくれることもあるから、大丈夫だよ!

 

塩崎 ありがとうございます! 頑張ります。

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